Musica para Enamorados

Shinobu Ito/
Toru Yamauchi (accompanist)
JAZZBANK/MTCJ-1095 (2006)



伊東 忍は日本でいま最も注目に値するギタリストではないかと思う。

長年、ニューヨークに住み、コアな部分のジャズ・シーンに身もこころも捧げ、メインストリ ーム・ジャズの真髄を極めた彼は、このアルバムで新しいステップに旅立とうとしているように思える。ここ10年来、彼の活動をまじかにみてきた筆者に とって、いま彼がチャレンジしようとしていることはとても興味ぶかく、今後の日本のジャズ・ギター界にとってもおおきな実りをもたらすのではないかと感 じているのだ。

順を追って語ろう。1977年からアメリカに永住している彼は1991年に久しぶりの里帰りをして、六本木ピットインでライブを行った。
フュージョン華やかりし頃にデビューし、そういったテイストのアルバムを発表してきた伊東 忍にとって高水健司(el-b)や土岐英史(as)、島 健(p)といった旧友達とのセッションは懐かしく楽しいものであった。
しかし自分の青春時代を回顧するだけではなかった。『ワン・ライフ・トゥ・ライ ブ』と題されたこのライブ作品で、彼はウエス・モンゴメリーの<S.O.S.>以外の全曲を彼が書いた美しいメロディのオリジナルを収録した。

ビルボー ド誌主催の作曲コンクールで優勝したメロディ・メイカーとしての彼の実力は、ここで十分に知られるところとなったが、彼はこの路線に安住することを望ま なかった。ふたたびニューヨークに戻った彼は、当地のジャズ・シーンのなかで、ギタリストとして、いかなる方向性をもって自分の音楽をを進めるべきか、 自問自答した。
そして彼が選んだ道はギター音楽の宝庫であるスペイン、中南米音楽の音楽を深く研究することであった。

歴史的にタンゴ、ショーロ、フラメ ンコといった古典的なギター音楽を俯瞰することはもちろん、エンリケ・グラナドスやイサーク・アルベニスといったスペイン音楽の巨匠の作品、ラウロやポ ンセといった近代中南米音楽の基礎を作った作家、そしてブラジルのバッハと呼ばれるビラ・ロボスの作品群を聴きまくったのだ。

これらの音楽はもともとギ ターをイメージして作曲されたものが多く、管弦楽曲やピアノ曲として作曲されながらもギターに編曲され、それらはクラシック・ギターの重要なレパートリ ーになっている。これらの音楽をインプロバイズド・ミュージックとしてのジャズと有機的に結びつけ、新しい音楽を作り上げることは可能だろうか?と伊東 忍は模索した。

さいわい、ニューヨークにはラテン系のギタリストもたくさんいて、彼らとの交流を通じて、その奏法やフレージングの組立て方や表現技法ま で研究することができた。ラテン音楽/スペイン音楽の美しいメロディと躍動的なリズムをジャズのグルーブ感に生かそうと思ったのである。

そんな彼にとっ て、ひとつの究極の目標となったのがバーデン・パウエル(1937〜2000)の存在であった。
ブラジル生まれで、アフロ・サンバと呼ばれた、土俗的で パーカッシブなギター・スタイルを生み出し、ジャズのインプロビゼーションをたくみに取り入れた天才ギタリストである。

そんな彼の逝去を悼んで伊東 忍は2002年に『バーデン・パウエルとアントニオ・ラウロに捧ぐ』というアルバムを発表している。ナイロン弦のいわゆるスパニッシュ・ギターを指弾き する伊東 忍が生まれ、彼の新しい方向性を決定付けた作品であった。

ハーレムのジャズ・クラブでフル・アコースティック・ギターでブルースを弾いたら、まったく黒 人と同じグルーブを作り出すことができる伊東 忍は、ハード・バップを弾かせたら、日本でも間違いなくトップのレベルにある。
しかし、伊東 忍は、そこにも安住しない。ジャズにこだわらず、ひろくギター音楽を見いだす旅に彼は出発したのである。

彼の試みを聞いた時、まっさきに思い浮かべたの が、天才クラシック・ギタリストの山下和仁の音楽に出会い、その影響を受けて完全ギター・ソロ作品『ボレロ』(ラベルが作曲した有名な管弦楽曲)を発表 したラリー・コリエルのことだった。
60年代にロックとジャズを融合し、ジャズ・ギターの革命児と呼ばれたラリー・コリエルが不惑を過ぎて新しい世界に 飛び込んだ、その英断と伊東忍の冒険的姿勢はオーバーラップする。ジャズ・ギタリストが誰も試みたことのない世界を作り出そうとする意気込みをスパニッ シュ・ギターを弾いた2枚目の作品『ラモナーダ』で感じ取れるのだ。

伊東 忍は現在、洗足学園音楽大学ジャズ科の講師として、ニューヨークと東京を往復する忙しい生活を送っている。
また2005年にはニューヨークを訪れた中村 誠一(ts)ときわめてインティメイトな雰囲気のデュオ・アルバム『セレナータ』を録音した。
いま熟年世代の再挑戦がなにかと社会的な話題になるご時世 にあって伊東 忍(1951年生まれ)のチャレンジは心強い。

なお今回のプロジェクトは企画から、編曲、リハーサルを含めて、録音にまる2年がかかっている。
その間、 伊東 忍と一心同体となった伴奏の山内 徹の見事なサポートぶりもあらためて心にとどめておきたい。

冒頭、軽快なリズムが楽しい<カーニバル>はリオナ・ボイドの作品。リオナ・ボイドは70年代に美人女流ギタリストとしてデビュー。女性アイドル・クラ シック・ギタリストの草分け的存在であった。

<ラ・フィエスタ>はスパニッシュ・モードを巧みに自作にとりいれる人気ピアニスト、チック・コリアがベス トセラー作品『リターン・トゥ・フォーエヴァー』で発表した作品。魅惑的な弦の響きの美しさが発揮されている。

アルゼンチンが生んだ天才バンドネオン奏 者、アストル・ピアソラはその情熱的なオリジナル作品でもしられるが、この<忘却>も切ないほどに美しい。一音一音を大切に弾ききる伊東 忍の歌心をじっくり味わいたい。

アントニオ・ラウロの代表作<クリオール風ワルツ><アンドレーナ><カローラ>は前作ではソロで演じていたが、あらた にアレンジし直すことにより、より伊東 忍の世界が明確になったように感じる。

<アンダンテ>はクラシック・ギターのための<5つの前奏曲>や<12の練習曲>で知られるビラ・ロボスの書いた ギター協奏曲の第2楽章をモチーフに、ファンタジーともラプソディーとも呼びうる、自由なイマジネーションの飛翔を作り出している。

グラナドスの<スペ イン舞曲第5番>はアンドレス・セゴビアの名演以来、クラシック・ギタリストの定番レパートリーだが、かつてローリンド・アルメイダやチャーリー・バー ドが録音し、クラシック系ギタリストの足元に及ばない拙演だと感じた筆者にとっては、そのリベンジ(?)がかなった名演だ。ナイーブにしてユーモアの精 神もある。

ファリャもスペインの作曲家らしくギター向けに編曲できる作品を数多く残している。この<スペイン舞曲>は、その躍動的な演奏からジャズ・ギ タリストからのアプローチを強く感じさせる。

ふたたびチック・コリアの<スペイン>は、いまや技巧系ギター・デュオにとっては不可欠のナンバーとなった が、テンポをじっくりと押さえ気味にとった伊東 忍の演奏にはグラナドスやアルベニスの作品に通じる古典的な味わいが加味されたようで、また新鮮な魅力がある。

柳沢てつや


*伊東 忍/ラモナーダ 8月23日発売 

01 カーニバル
02 ラ・フィエスタ
03 忘却
04 クリオール風ワルツ
05 アンドレーナ
06 カローラ
07 アンダンテ(ビラ・ロボスのギター協奏曲第2楽章)
08 スペイン舞曲第5番
09 スペイン舞曲(ファリャの「はかない人生」より) 
10 スペイン


MTCJ-1095
¥2,800
(税抜価格)\2,667
再07・8・22まで
レーベル:JAZZBANK(Minton's House)


SHINOBU ITO: guitar
TORU YAMAUCHI: guitar(accompanist)

All songs arranged for two guitars by Shinobu Ito except <Carnival>
arranged
by Liona Boyd and partial arrangement by Shinobu Ito

Produced by Shinobu Ito
Executive Producer: Yoichi Nakao for Jazzbank

Front Cover(Illustration): Setsuko Tamura
Art Direction: Kumiko Suzuki for Bad Nice
Photography: Terumi Ohta, Mari Ikeda
Notes: Tetsuya Yanagisawa


Recorded at SKY24 Studio, New York, Aug.2005〜Feb.2006
Engineer: Ken Shibusawa

Shinobu Ito plays Kohno Model Special(1993)
Toru Yamauchi plays Kano Kodama(1984)#20 &
Jose Ramirez(1972)(track2&9)




Swing Journal September / 2006 より転載の記事
JAZZ LIFEより転載の記事
INTOXICATE 63 / 2006 より転載の記事